寺井家の代々
寺井家には、笛の家として、本家(寺井久八郎家)、分家(寺井三四郎家・寺井義明家の二家)、別家(大蔵助右衛門家)の四家がありましたが、現在は、本家(久八郎家)と分家(義明家)の二家が残っています。
他に本家12代目「啓之」の息を祖とする、宝生流と観世流のシテ家があります。
本家(寺井久八郎家)
森田流・笛方 職分家 新組(注1)
江戸に出府し、森田流に編入された時を初代とし、現在まで14代を数える。
※注1 「新組」とは、六代将軍「徳川家宣」の甲府候時代に桜田御殿に召し出され、家宣が将軍になった後に、幕府(将軍家)の抱え役者に
なった者の総称。
初 代 初世 久八郎(勘兵衛) 慶長年間生まれ。
奈良・春日大社に奉仕していたが、三代将軍「家光」の命に依り江戸に出府。
2代目 二世 久八郎(勘兵衛) 初世「久八郎」息。寛永年間生まれ。
3代目 三世 久八郎(勘兵衛) 二世「久八郎」息。生没年不詳。
4代目 四世 久八郎(勘兵衛) 三世「久八郎」息。寛文年間生まれ。
1709(宝永 6)年 六代将軍「家宣」により『新組』制度が出来、編入される。
5代目 五世 久八郎(勘兵衛) 四世「久八郎」息。
1696(元禄 9)年 生まれる。
1760(宝暦10)年 久松町に住居。
1767(明和 4)年 71歳の時、隠居届が認められる。
6代目 六世 久八郎(勘兵衛) 五世「久八郎」息。亨保年間生まれ。
1767(明和 4)年 久八郎となる。
1781(天明 元)年 勘兵衛となる。
7代目 七世 久八郎(勘兵衛) 六世「久八郎」息。延亨年間生まれ。
1781(天明 元)年 久八郎となる。
1816(文化13)年 勘兵衛となる。
観世太夫勧進能に出勤。
8代目 八世 久八郎(勘兵衛) 七世「久八郎」息。幼名「源次郎」。
1770(明和 7)年 生まれる。
1816(文化13)年 久八郎となる。
1843(天保14)年 12月14日、勘兵衛となる。
9代目 九世 久八郎 八世「久八郎」長男。森田初太郎弟子。幼名「義太郎」。弟は、「大蔵助右衛門」。
1828(文政11)年 生まれる。
1843(天保14)年 12月14日、久八郎となる。
1848(弘化 5)年 宝生太夫勧進能に出勤。
1883(明治16)年 10月30日没。享年55歳。
10代目 鉦次郎 九世「久八郎」次男。森田初太郎弟子。兄は、「三四郎」。
1870(明治 3)年 生まれる。
1931(昭和 6)年 6月没。 享年62歳。
11代目 義 治 鉦次郎 次男。
1902(明治35)年 生まれる。
1902(明治35)年 11月、東京市麹町区永田町に生まれる。
1914(大正 3)年 宝生会『羽衣』(シテ宝生九郎重英)にて初舞台。
1924(大正13)年 春。関東大震災の後の東京を離れ、神戸市に転居。
1927(昭和 2)年 12月、神戸にて病没。享年26歳。
12代目 啓 之 鉦次郎 三男。本名「三千雄」。重要無形文化財総合指定保持者。
1912(明治45)年 生まれる。
1912(明治45)年 3月、東京市麹町区永田町に生まれる。
1928(昭和 3)年 初舞台『熊坂』(舞囃子)。
1933(昭和 8)年 東京音楽学校能楽科卒業。
1941(昭和16)年 芸名を「啓之」とする。
1989(平成 元)年 「勲五等双光旭日章」受章。
1997(平成 9)年 4月10日没。享年85歳。
13代目 十世 久八郎 啓之 長男。幼名「三千丸」。重要無形文化財総合指定保持者。
1939(昭和14)年 生まれる。
1984(昭和59)年 久八郎を襲名。
2009(平成21)年 「旭日双光章」受章。
14代目 宏 明 十世「久八郎」長男。重要無形文化財総合指定保持者。
分家(寺井三四郎家)
森田流・笛方(廃絶)
本家9代「九世 久八郎」の長男を祖とする。二代で廃絶した。
初 代 三四郎 九世「久八郎」長男。森田初太郎弟子
1858(安政 5)年 生まれる。
1858(安政 5)年 9月、麻布に生まれる
1927(昭和 2)年 3月、東京府下代々幡町代々木初台にて没。享年69歳。
2代目 政一(政数) 三四郎妻連子(浅井熊三郎・息)。本名「政一」重要無形文化財総合指定保持者。
1905(明治38)年 10月、愛知県名古屋市宮出町に生まれる。
1917(大正 6)年 初舞台。
1927(昭和 2)年 東京音楽学校選科卒業。
1983(昭和58)年 10月没。享年77歳。
分家(寺井義明家)
森田流・笛方
本家13代目「十世 久八郎」の次男を祖とする。
初 代 義明 十世「久八郎」次男。兄は本家14代目「宏明」。重要無形文化財総合指定保持者。
1969(昭和44)年 生まれる。

